「蹴りたい背中」

modmasa2005-10-08

第130回芥川賞受賞作。『インストール』で文藝賞を受賞した綿矢りさの受賞後第1作となる『蹴りたい背中』。
とにもかくにもこの表紙とタイトルに凝縮されてる作品。
現代の10代の感覚がよく描かれている作品。

    • 「この、もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい。痛がるにな川を見たい。いきなり咲いたまっさらな欲望は、閃光のようで、一瞬目が眩んだ。瞬間、足の裏に、背骨の確かな感触があった。にな川は前のめりに、イヤホンを引っぱられCDデッキから外れて、ラジオの曲が部屋中に大音量で鳴り響いた。おしゃれな雑貨屋なんかで流れていそうなボサノバ調の曲に全然あってない驚いた瞳で、彼は息をつめて私を見つめている。(p060)」

そう、そんな何気ないけどそんな日常の10代。誰もが通過したそんな10代。
この蹴りたい背中でいくつか気になったシーン、空間がある。
一つはにな川の部屋。

    • 「うち、もとは平屋なんだけど、あとから二回を造ったせいで、いったん庭に出てから階段を上がらないと、二階へ行けない構造になっちゃったんだ。(p018)」という庭を挟んである離れ。

「薄暗がりにあるにもかかわらず、あの異様な存在感。脈打っているこの部屋の心臓、にな川のファンシーケース。蓋を開けると、やはり前と同じふくよかな甘い匂いが香り、殺風景なこの部屋には似ても似つかない可憐な世界がケースを中心にして広がっていく。(p054)」
それまでの彼にな川の今夢中になっているにな川の世界の一部が底に凝縮されている小さな彼の部屋とファンシーケース。
二つ目は学校での主人公の場面

    • 「カーテンの外側の教室の世界は騒がしいけれど、ここ、カーテンの内側では、私のプラスチックの箸が弁当箱に当たる、かちゃかちゃという幼稚な音だけが響く。(p066)」

この表紙の青の様な、一面真っ青な空のような、虚空な日常、満たされないのでも何もないのでもなく確かにあるけど真っ青な日常が伝わってくる。そして、カーテンの内側に出来たうちなる空間。
三つ目は体育館の場面

    • 「暗い体育館内にみっしりと一年生が集合している。もう大人の身体つきをした男子高校生たちも、あの見慣れた小さい形になって縦に並んでいる。陰惨な、高校生になっても三角座りをさせられるなんて。三角形座りの形、大小さまざまで、でもどれもが使いさしの消しゴムみたいな不格好。まっすぐじゃない彼らの列の隙間を苦労して歩いていく。(p071)」

高校における異物排除のメカニズム。警戒しながら自分の人との繋がりを模索。思春期に最初に直面する社会の個人の立場、人間関係。
義務教育後の高校生の10代ならではの社会。それは現代の社会への警戒の縮図にも見える。
どうそこに接続すればいいのか。
コミュニケーションツールが発達する一方でコミュニケーション能力が困難な現代。
友達が決して居ない訳でもなく、かといってオタクでもない普通の(普通がなんなのかさえ無意味だが)そんな日常。
不安でもあるが少なくとも高校時代三年間が保証されている生活。が故に虚空な。
今らしい言葉達。

    • そうしたら、ひそやかなワクワクが身体を満たして、幸せな気分になって、やがて眠くなる‥Zz(p064)
    • とにかく”しーん”が怖くて、ボートに浸水してくる冷たい沈黙の水を、つまらない日常の報告で埋めるのに死に物狂いだった。(p078)

冒頭の

    • さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高くすんだ鐘の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。紙を裂く耳障りな音は、孤独の音を消してくれる。気怠げに見せてくれたりもするしね。葉緑体オオカナダモ?ハッ。っていうこのスタンス。あなたたちは微生物を見てはしゃいでいるけど(苦笑)、私はちょっと遠慮しておく、だってもう高校生だし。ま、あなたたちを横目で見ながらプリントでも千切ってますよ、気怠く。っていうこのスタンス。(p001)

もうここにすべてが凝縮されている。ほんとこのたった7行ですごい世界が凝縮されている。
文体も凄いしキーワードも、オオカナダモ?_何気ない時間でどうでもいいけどとにかく時間にいろいろ凝縮されている、冒頭からドバーと!
読み終わってみて何が書いてあるでもないけど、でもどこかわかるようなそんな小説。
現代の時代を表現した文学。

●「蹴りたい背中綿矢りさ
長谷川初実(ハツ)は、陸上部に所属する高校1年生。気の合う者同士でグループを作りお互いに馴染もうとするクラスメートたちに、初実は溶け込むことができないでいた。そんな彼女が、同じくクラスの余り者である、にな川と出会う。彼は、自分が読んでいるファッション雑誌のモデルに、初実が会ったことがあるという話に強い関心を寄せる。にな川の自宅で、初実は中学校時代に奇妙な出会いをした女性がオリチャンという人気モデルであることを知る。にな川はオリチャンにまつわる情報を収集する熱狂的なオリチャンファンであった。
綿矢りさ
2001年 京都市立紫野高校在学中に、『インストール』で、第38回文藝賞を史上最年少(当時)の17歳で受賞。
2002年 早稲田大学教育学部に進学。同年『インストール』が三島由紀夫賞候補になる。受賞は逃したが、福田和也から絶賛され、島田雅彦からも高い評価を受けた。

http://www.webdokusho.com/rensai/sakka/michi08.html
http://media.excite.co.jp/book/news/topics/073/
http://risa-wataya.hp.infoseek.co.jp/
http://jns.ixla.jp/users/watarisadoukoukai559/

蹴りたい背中

蹴りたい背中